白黒つけない生き方|ノンバイナリーな思考が心の平穏をつくる

Oct 02, 2026

※このブログは過去のニュースレターから転載したものです。

 

物事を白黒ハッキリさせようとすればするほど、「曖昧=悪」みたいな思考になってません?

その「明確さを求める気持ち」が、もしかしたら自分の心の平穏を邪魔していたりして?

蝶々のイラスト


 

ノンバイナリーな考え

私は、投資銀行で働いていたこともあるが、今は起業家として生活している。どちらの私も本当の私。この2つのキャリアに分かりやすい一貫性がなくても、「正解」はない。なのに、なんで世の中はこんなにも白黒ハッキリさせたがるんだろう?


 

今日は5分以内で:

  • 自己紹介の東西
  • ニルヴァーナ
  • 「生き甲斐」の危険な誤解
  • 時間の圧縮

 

自己紹介の東西

英語圏では自己紹介をする際、「私は新藤で、ビジネスコーチです」のように、「自分は何者か」 を名乗るのが普通。

helloと書かれたイラスト

これに対し、日本では「私は◯◯会社の新藤です」のように、「(社会の)どこに属しているか」 を言うのが一般的。

たったこれだけの違いだが、この文化の違いは大きい。

英語では「自分自身の存在意義やアイデンティティを確立すること」に価値が置かれ、日本語では「社会の中での自分の立ち位置」に焦点がある。この違い、意識したことあります?


 

ニルヴァーナ

仏教の悟りの境地「ニルヴァーナ」を英語で調べると…

「人生の最終的なゴール。苦しみや輪廻から解放される状態が手に入ること。」

と、めちゃゴール感あります(笑)
まるで、「いつか到達すべき状態」みたいに書かれている。

ニルヴァーナのイラスト

日本語で調べると…

「煩悩の火が消え、人間が持っている本能から解放され、心の安らぎを得た状態のことを指します。 仏教が理想とする「悟り」の境地であり、実際には「死」を表す言葉でもあります。」

この違い、見えます?英語だと「ゴール」と表現されていたものが、日本語だと「状態」。持論ですが、ニルヴァーナって「行ったり来たりできる状態」 であり、「達成すべきもの」ではない。そして、今この瞬間にも感じられるもの。

だとすると、この東西での微妙な言語のニュアンスがもたらす影響とは?


 

「生き甲斐」の危険な誤解

前のブログでも書いたが、今ネットで出回っている西洋式の下記の「生き甲斐」の図は危険な方向で誤解されている気がする。

なぜなら:

1️⃣ 生き甲斐は「目的探しツール」ではない。目的は一度探して「はい、終わり」という終点がある作業ではない。
2️⃣ 生き甲斐に「お金を稼ぐ」要素は必須ではない。

 

本来の「生き甲斐」は「生きる意味を探し、その過程で喜びや充実感を感じること」 くらいに理解している。つまり、これはたどり着ける「ゴールや目的地」ではなくて「循環」する概念。「完璧な生き甲斐を見つけなきゃ!」ではなく「生きながら、その意味を見つけていく」 もの。

だからこそ、より一層「今の自分は十分じゃない」や、「もっと◯◯すべきだった…」とピンポイントに一時の自分の決断や行動に対して落ち込んだりネガティブ評価をする必要もない。

むしろ全ては過程的なもの。「どの瞬間の自分もOK」が本当に成り立つ。せっかく日本語を使っているので、考えも東洋式に戻しません?


 

時間の圧縮

私ごとですが先週、「コーチ」としてコーチング提供時間が200時間を超えました 🎉
新米コーチとして「6ヶ月はかかるだろう」と思っていた節目が実際は3ヶ月ちょっとで達成。

私だけではない。最近コーチング生さんたちから「行動が早くなった!」「イライラする時間が減って行動が増えました」「今まで時間がかかると思っていた夢がすぐ叶いそうです!」というメッセージをいただきます。

まさに「時間の圧縮」。


 

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のりこ

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