「手放す」ことがなぜ自己統合につながる近道なのか
Jul 26, 2026過去10年の破壊と再生を振り返る
婚約破棄、辞職、閉業、事業Pivot、契約の早期解約。今から過去10年を振り返ると、私は多くの「手放し」をしてきた。そして、大きなものを手放すときこそ、今までの自分が信じていたものや創り上げてきたモノの破壊が起きる。
この「破壊する」という選択をあたかも迷いなく遂行できるのが当たり前だと思っていたが、ここ最近自覚し始めたのが、一つの才能であるということ。それもあって、ここに来てアルケミストとしてもコーチとしても注力すると決めたのが破壊と再生の守り人として活動することだ。
「執行人」から「守り人」へ
婚約破棄
2016年、私は4年ほど付き合い、同棲もした彼氏と婚約をした。正直言ってプロポーズされた時、内心ため息をついたのを覚えている。
「4年も平和に過ごせたしね」
「もうすぐ30歳だしね」
「これ以上の人やパートナーシップを望むのは欲張りだよな。バチが当たるよね」
上記のような言葉が脳内を瞬時に流れた。心からプロポーズが嬉しいというよりは「諦め」に近い感覚で、作り笑顔を見せて結婚の申し出を受けたのだった。だからその数ヶ月後に一瞬にしてこの婚約を破棄することになったのも振り返ると何も不思議ではない。
同年8月、経営学収支取得のためにフランスのINSEADという学校に単身留学した。しっかり婚約指輪をつけ、学業に専念するつもりで日々を過ごしていた。そんな中、とても会話が盛り上がり、朝まで連日話し込めるほどの人に会ったのは新学期が始まるや否やの時。
「これくらい深い対話ができる相手でないと結婚は上部の付き合いになる」
そう確信した私は、新たに出会った人との先行きは何も決めず、真っ先に婚約者に婚約破棄の申し出をした。
周りからは「ちょっと考え直したら?」の声も「勇気ある決断だね」の声も、賛否両論飛んできた。しかし、私はその前年に職場でパワハラを受けて鬱になってから一つだけ決めていることがあったのだった。それは「我慢や平気なふりはもうしない」ことだった。
誰が何を言おうと別れは決まっていた。今現在、この時に話し込んだ「新しい人」と来月結婚9年目になる。今でも時間を忘れて話し込む仲だ。
ビジネスにおいて
経営学修士取得後、日本のアマゾンジャパンに就職した。4年ほど社内成績はトップ1割を連続でいただくほどの輝かしいサラリーマン実績。しかし2020年、第1子の産休中に起業したビジネスと子育てとアマゾン社員としての生活を天秤にかけて、あっさり優秀会社員エリートも手放した。
辞職するや否や「居抜き」案件としてヴィーガンカフェを引き継がないかというご縁が舞い込んできた。奇妙なほどトントンと手放したら空いたところに次が入ってくるものだ。そう感じながら法人契約として初の賃貸契約書にサインしたのを覚えている。
その後も、カフェの閉業、辞職、事業Pivot(カフェを閉じた翌日にオンラインスーパーを開業する)、会社の閉業など、思い立ったらほぼその週には該当する関係者と対話して実行していた。当時共同経営者として一緒にアプリ開発をしていたフランス人のビジネスパートナーからは:
「その頭の中、どうなってんだ」
と聞かれたことがある。
「手放す」という現象
カフェの閉業時は正社員もパートの方も雇っていた。多いときで総勢15名。また、この10年でスタートアップも2社経営したが、いずれもエンジェル投資家に一人あたり数百万円の金額を投資してもらっていた。なので「手放す」ことを瞬時に決められたとしても、そこから実行するには様々な葛藤を扱いながら進めなければならない。
しかしここで振り返ると、私の才能はここにある。
決めたら即実行。例えそれがどんなに社会的に気まずいことだとしても。
社員の生活を考えると申し訳なさが生まれた。
決して小さくはないお金を一円も回収できなかった投資家の気持ちを考えると怯んだ。
夢やビジョンを大口叩いてプレゼンした過去を思うと、そのビジョンが叶えられなかった自分が恥ずかしかった。
この先、一生失敗しかしないかもしれない。本当は会社員しか向いていないかもしれない。疑心暗鬼に飲まれそうになった夜もたくさんある。
そう、決断が早く、実行も早い私は強そうに見える。1社目の共同経営社には「冷たい人間だ」と何度も言われた。しかし、私に言わせると真逆だ。感じすぎるから、平気なふりをしないと実行なんでできやしないのだ。
それでも決めたら実行する。なぜか。自分に合わないものにしがみつくと、今の自分に本当に合うものと出会えないのを知っているから。そして、我慢の先には鬱や死が待っているのも知っているから。
事実、私の父は合わない会社員生活を無理に続けたことで発作によって突然死した。本当は歴史の先生になりたいほどの歴史好きだった。しかし、私の祖父、社会、男としてのプレッシャーから、父は我慢し続けた。それを見てきた私は「合わないのに我慢をする」ことの影響を身をもって知っている。だから軽んじないのかもしれない。
私にとって「手放す」こと、およびそれに伴う「破壊」は生きることへの執着であり、幸せになることへの希望だ。どんなに痛みを伴っても破壊は「禊ぎ」だと思って息を呑んで進む。
「守り人」という覚悟
コーチングを提供し始めて丸2年に近づくこの夏、私は今までを振り返りある決断をした。多くのクライアントさん、相談者さんが悩むのは「問題の自認」ではなく、その問題を解決するための「実行」だ。破壊と再生を幾度となく、躊躇なく実行してきた私だから証人となれる現象があるのではないか。そう思った時、私が進みたい一本道も姿を現した。
しかし、不思議とこの覚悟は「人を助けたい」という衝動からは生まれていない。
私自身が破壊と再生を繰り返す中で経験した多くの葛藤、後悔、不甲斐なさ。社員、投資家、お客様、家族、協業社など多くの方に対して持った「負の感情」が今も私の中にはある。
それらを丁寧に見ながら昇華させながら、語ったり、発信することで私が荒っぽくも通ってきた道への癒しとなることを経験則で知っている。だから私は破壊と再生の守り人として改める。
感性に還るジャーニー
破壊と再生を実行するために必要な対話、癒し、エネルギーワークなどを提供するグループジャーニーを9月から10ヶ月にわたって行います。自分の中にある「破壊予定事項」を実行しつつも、それに伴う痛みや感情を昇華させ、浄化された空間を作る。
その空間に生まれた次の「再生事項」こそが今の自分に最適の現象となる。締めくくりの5月は淡路島で特別リトリートも開催し、ジャーニーの締めくくりとします。
面談制のお申し込みで少人数制。お問合せはインスタかメールにてお願いします。